目標は二つに絞る。一つでもなく三つでもありません仕事と趣味の二兎を追えるんです。

人物鑑定”二黒の九紫”のポイント ★237

目次

二黒の九紫は、夫をダメにする女、上司をダメにする男

  • やりすぎて夫をだめにする
  • 養育が過大過ぎると無の作用
  • 本道の他に、もう一本

細かい配慮で、

従順で夫に尽くすのですが、

結果的には夫をダメにしてしまう。

① やりすぎて夫をだめにする

二黒は育成、滋養…と言ったじゃあないですか?
なんで、だめにしてしまうのですか…?

その通りです。滋養育成の作用が二黒にはあります。

大地の母と言うのが二黒ですが、<やりすぎ>となるのです。

例えば、プランターにトマトを植え付けした場合、

元々が荒地でも成長するトマトなのですが、<水のやりすぎ>が災いするのです。

トマトはトマトらしくするには、水分調整が必要なのですが、

大きくなれ、立派になれ…と手間をかけすぎるのがいけません。

逆に胡瓜(キューリ)の場合、水が少ないと、まっすぐなキューリは出来ず、

へそ曲げて、曲がりくねってしまいます。

このように、物事に応じた対応が必要なのですが、

人間生活にも<適度な対応>を求められるのが、この二黒の対応なのです。

つまり、構いすぎ…とか、やりすぎ…がいけません。

じゃあ、どうして適度な対応ができないのですか…?

月命の九紫が、チラチラと目につくのです。

九紫火星は、組織とか天空とか言われますが、

トップに躍り出る気がムンムンと溢れています。

平たく言えば、出世街道をまっしぐらに走っています。

このような気持ちがあって、

滋養育成の二黒にとっては、気持ちが高まってくるのです。

その中には、ライバル心とか、後悔させない…と言う競争心も後押しして来ます。

九紫作用の繰り返し、反復、何度も…から滋養育成が行われれば、

<やりすぎ>は当然の如くに起きてきます。

女性の場合、母性本能も働き、

<私が、私の夫を出世させてやる>と意気込みはかなりのものです。

夫の社会性を高めるためになる事だったら…と趣味の会などにも参加します。

出世の妨げになるものに対しては、排除、テーブルマナーから、ごみ捨てのやり方など、

近所との交際にも配慮した挨拶などをしていきます。

② 養育が過大過ぎると無の作用

出世すれば良いけど、出世しなかったら…?

滋養育成の作用が転じて、<無>の作用が動き出します。

見切りをつけて、離婚か、離婚状態の別居と言うことになります。

一生懸命に夫に尽くし、夫を持ち上げるように配慮しますが、

<もう、無理…>と判断した時、対応に躊躇しません。

二黒の怖さが、ここにあります。自分の頭の中だけで判断即決してしまうのです。

誰にも相談せず、だれに何かを言われても無視、行動の切り替えが確実に早くなるのです。

恵子さん

なんで…そんなになってしまうの?

このように、土星である二黒、五黄、八白には<思考の硬さ>があり、

いかにして、<考え方の柔らかさ>を取り入れるかで、人生が変わってきます。

二黒、五黄、八白の土星でも、時には”優柔不断の思考力”が必要なのです。

gonさん

二黒の九紫の女性は、自分の夢を夫に託してしまうのかもしれません。

養育の二黒を後押ししているのが、九紫火星。

夢とか希望とか、先行く未来に期待をかけるのですね。

夫以外に、わが子に希望を託して、<教育ママ>に走る人もあります。

口癖が、<あなたのためだから…>となります。

ああだ…こうだ…と指摘ばかりされると、

何もやりたくなくなるものです・。

では、どうすればよいのでしょう…?

③ 本道の他に、もう一本

本道を変えず、脇枝を見つけることです

夫だけの世界を見つめているから、つい力が入るのです。

夫の出世ばかりを望むから、夫の世界しか見えません。

脇枝を見つける…と言うことは、別な夫と解釈して、不倫に走る人もあります。

確かに九紫火星は、<二つ>の暗示が強く、別宅の女性を見つけることがありますが、

本来の意味が異なります。

しかたないわ

別な意味とは…?

夫の世界だけではなく、自分の世界を構築することです。

趣味のテニスをするとか、お茶会に参加するとか、料理教室でも構いません。

夫との生活を主流とするのですが、そこに枝を一本作るのです。

あなたが一番好きなもので、一生懸命に取り組めるものです。

占い教室に行くのもよいし、書道、絵画のサークルに参加するのもよいです。

二兎を追うものは…と戒めの言葉もありますが、

同じレベルだと難しいのですが、夫の世界とは次元が違うのです。

あなたの場合は二兎を追えます。

このように二黒の九紫には二つの両道があり、

両道を歩くことが中庸の道につながります。

この中庸の道こそが、運命学の極致で、やりすぎもなければ、怠惰の世界もなく、

<真ん中の道>として生き抜くことを教えています。

ありがとうです

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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