
- 占い師の突然の訪問
- この世を生きて行く時、必ず二つの道が現れます。
- 二つの答えを同時に歩めば理想と現実の乖離を呼び込みます。
占い師の突然の訪問

先日、知人が訪問しました。
彼も占い師として看板を掲げています。
看板を挙げているが、鑑定依頼者が少なく、ユーチューバを試みたところ、サッパリで
むしろコンサルタント料など赤字が続いているとの悩みを打ち明けられました。
彼の占術は幅広く、多岐にわたり学ばれている。よくよく聞くと、リピーターが少ない。
彼は、顧客開拓の一環として、動画配信による収益獲得に走った模様です。
収益不振から動画配信と言う枝葉を伸ばしたい気持ちは理解できますが、
僕は、彼の占術の豊富さという本幹の枝葉を広げた方が効率的だと感じました。
彼に、”電話鑑定”の分野に参入してはどうですか?と提案をしました。
声が太く、理論根拠に基づいた話し方と安堵感が感じられるイントネーションは抜群です。
彼の星から、通信、音楽関係の仕事が好適と判断できますが、
微かにMLBが感じられるコンサルティングビジネスは鳴門の渦潮の中にのみ込まれます。
売上不振など困窮している時に、道は現れてきます、
この世を生きて行く時、必ず二つの道が現れてきます。
桜の木が成長するにつれて、やがて二股に枝分かれする姿を見ることがあります。
真っすぐに一本のままに伸びる樹木はあまりありません。
しいて言えば<竹>ですが、枝の竹笹も結果的には節目として重なり合う様に成長します。
成長には、このように、枝分かれなどの作用があります。
右を取るか、左を取るか、悩みます。
二つの道が並んで示されている場合、どちらかをきめなければなりません。
その時は、瞬時の決断を求められます。
枝分かれの場合は、時間差の決断ができますが、後戻りはできません、
学校も、就職も、結婚も自分なりの決断を求められます。
そんな決断をするときの目安となるのが、”易経”です。
易経の判断は、右か、左かだけではなく、<今は待ちなさい>と言う道を教えてくれます。



ただ決め兼ねているだけじゃあないの?
この選択しない選択は理論の根拠を持ち合わせています。
言葉では言い尽くせません。易経を勉強すれば納得するでしょう。
自分で決めなければならない時、易経の判断を参考にすれば後悔する事はありません。
易経の判断をしなかった事が後悔するでしょう。
占いは、自力と他力の組み合わせで前進します。
二つのを道を同時に歩めば理想と現実の乖離を呼び込みます。
知人の占い師ですが、動画配信で収益を挙げようと目論んだのですが、理想と現実の乖離を体験しました。
本道の占い稼業を回転させる方策を考えて、いずれは動が配信も試みる…という形を作れば良かったかなと思われます。
本道と枝道という根本的な所をしっかりと認識することです。



本道と脇道との区別の仕方はあるのですか?
食べていける道が本道、次に食べていける道を探している道が枝道と解釈しましょう。
食べていける道で、食べていけるようになったら、それを本道、本幹とします。
その本幹の生命を絶やさないように脇道が情報を本幹に伝達するのです。
本道は空母で脇道は駆逐艦と言う感じですかね。
空母には空母の役割、駆逐艦には駆逐艦の使命があります。
今すぐにやるべきこと、この後に手を付ける事など、物事の順序を把握する事は、困窮時に進むべき道を選択する時に大きな力となります。
本道、本筋、本論などの<主>と脇道、枝葉,傍論の<従>とは結局は一本の道として形成されてきます。
今日は、<一極二元論>について語りました。詳しくは又今度にしますね!



最後まで読んで頂きありがとうございました。

